歴史民俗資料館

第I展示室:歴史



生活の始まりと文化の交流



<FONTSIZE="7">縄文時代に形成された貝塚や豊富な副葬品が納められた古墳など、当地域の原始・古代の文化は、現在の霞ヶ浦や北浦、利根川などをひとまとめにした広大な内海とそこを行き交ったであろう舟による水上交通よって育まれました。



人面装飾付注口土器(複製)/縄文時代晩期、福田貝塚(字薬師前地点)出土
東大沼古墳群第7号墳出土遺物/古墳時代後期


                ▲人面装飾付注口土器(複製)/縄文時代晩期、福田貝塚(字薬師前地点)出土



<FONTSIZE="4">原資料は国指定重要文化財。福田貝塚は椎塚貝塚などと共に、明治時代以降、縄文時代後・晩期の優れた土器・土偶を出土したことで知られています。稲敷市には縄文時代の著名な遺跡がいくつもありますが、それらの出土資料の殆どが市外に保管されています。






銅造如来立像(展示品は複製)/白鳳時代 阿波崎・満願寺蔵






 ▲東大沼古墳群第7号墳出土遺物/古墳時代後期





<FONTSIZE="4">古墳時代後期の箱式石棺を主体部とするこの古墳からは、成人12体、小児4体分の人骨が確認されたほか、直刀7、刀子9、鉄族117、金環1、水晶製勾玉・瑪瑙製勾玉各1、碧玉製管玉2、水晶製切子玉5、琥珀製棗玉7、石炭製棗玉1、蛇紋岩製丸玉2、ガラス丸玉58、ガラス小玉266と豊富な遺物が出土しています。
また16個体分の人骨が出土しているにもかかわらず、特定部位の骨が殆ど見られなかったことなどから、別な場所で骨化した複数の人骨が石棺内に納められたと考えられています。






幸田・幸田台遺跡出土遺物





       ▲銅造如来立像(展示品は複製)/白鳳時代 阿波崎・満願寺蔵




<FONTSIZE="4">原資料は茨城県内最古の仏像で県指定文化財となっています。火災に遭い面部の一部が剥がれ落ちていますが、眼を上瞼のふくらみによる陰影であらわし、華奢な鼻筋や小さい口など、その素朴な顔つきや、全体に穏やかさがまさる造形、台座の反花が下拡がりに広がって安定感を増しているところなど、製作年代が古いことを示しています。






文永七年銘 金剛界大日如来板碑/鎌倉時代(1270)、町田・正光寺蔵






 ▲幸田・幸田台遺跡出土遺物




<FONTSIZE="4">律令制の時代となり円面硯や墨書土器といった文字記録と関係のある遺物が出土し、また浄瓶(灰釉陶器)や蓮華紋付紡錘車(土製品)など仏教関連の遺物も出土しています。三方向にヒサシを持つ建物の跡なども発見されており、これが集落内で中心的な機能を果たしていたと考えられています。






生活の始まりと文化の交流





     ▲文永七年銘 金剛界大日如来板碑/鎌倉時代(1270)、町田・正光寺蔵



<FONTSIZE="4">この板碑の銘文には、子が亡父の霊に対して、生死を繰り返す輪廻の苦しみから解放され、極楽浄土に往生できるように、との願いが込められています。この資料は茨城県内で知られている下総型板碑において、年号の判るものとしては2番目に古い板碑です。市崎字半田の医王寺境内にて発見されました。





阿波崎村伊佐部村山林出入裁許裏書絵図/江戸時代 元文元年(1736) 個人蔵




 拓かれた大地と人々の暮し

 

 

近世になると水辺の広大な湿地において新田開発が進められる一方、田畑や屋敷などあらゆる土地の検地がおこなわれ、上中下の等級ごとに生産高が示されました。石高制のはじまりです。検地帳は米本位経済の基礎資料として作成され、当時の村落構成や耕地面積、生産高などを伝えています。






裏書の裁許文





▲阿波崎村伊佐部村山林出入裁許裏書絵図/江戸時代 元文元年(1736) 個人蔵





水と人が生み出した新しい大地01 





▲裏書の裁許文



<FONTSIZE="4">この資料は寺の土地を巡る訴訟の記録で、問題の土地は検地の際に漏れた土地でした。このように、表に裁許(裁定)の内容を絵図の形で描き、裏に文章を付したものを「裁許裏書絵図」といいます。このような様式の文書は、近世に用水や土地境界など土地に関係した訴訟の記録として用いられました。絵図には現在は廃寺となっている伊佐部の地蔵堂、長慶寺の山門や堂宇などが描かれています。また土地の利用状況などによって色が塗り分けられるなど、当時の土地利用の様子がうかがえます。









水と人が生み出した新しい大地02





 

水と人が生み出した新しい大地

 

 

 

近世に始まる利根川の治水工事、戦後の土地改良事業など水田単作地帯における人々と水との関わり合いと、江間や湿田に適した農具の開発など人々の知恵にスポットをあてます。





水と人が生み出した新しい大地03




<FONTSIZE="4">水郷地域の動脈ともいえる江間(エンマ)とかやぶき屋根のある風景を再現したジオラマ。現在では失われてしまったこの地域の原風景です。





水路から田へ水を汲み上げる農具として活躍した足踏み式水車




                                         水路から田へ水を汲み上げる農具として活躍した足踏み式水車。








描かれたふるさとの史跡

 

<FONTSIZE="4">稲妻雷五郎のブロンズ像を製作するなど、ゆかりの芸術家である故松田光博氏が描いた詩情豊かな作品です。(当館の松田光博コレクションより)
・横利根閘門は大正10年に完成し、現在も利用されている我が国最大級の煉瓦造複閘式閘門です。我が国における煉瓦造閘門のひとつの到達点を示す近代化遺産として平成12年5月に国の重要文化財に指定されました。 ・阿波崎城跡は延元3年(1338)10月5日に北畠親房が東条庄へ着岸し、神宮寺城を経て入城した地として知られ、昭和10年11月に県の史跡に指定され、現在では桜の名所としても知られています。





右より「横利根閘門」(国指定)、「阿波崎城跡」(県指定)、「伊佐部六地蔵」
▲右より「横利根閘門」(国指定)、「阿波崎城跡」(県指定)、「伊佐部六地蔵」






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